グラッツェ! 毎週更新

96年のアトランタ五輪。サッカー日本代表が世界最強のブラジルを破った。日本で『マイアミの奇跡』と呼ばれた大金星。そのとき、前園氏はチームの主将としてピッチに立っていた。奇跡の立役者が語る真実とは…。
藤沼正明 = 文/livedoorスポーツ = 写真

 オリンピックという舞台に、二度立ち、ともにメダルを獲得した有森裕子。彼女は、特別な「走る才能」の持ち主ではなかった。現役生活を終えた今、改めて、マラソンについて、そして、オリンピックについて話を聞いた。
斉藤幹晴 = 文/livedoorスポーツ = 写真

そのキャリアにオリンピック出場の履歴を刻めるアスリートは、ごくひと握りにすぎない。2大会連続となればさらに至難の業だ。ヨーコ・ゼッターランドのようなプロセスを経て、オリンピックの扉を開いたアスリートは異色といえるだろう。
藤沼正明 = 文/livedoorスポーツ = 写真

2000年、シドニー五輪に挑んだ日本選手団は、なかなかメダルに届かず、もどかしい日々を過ごしていた。そんな中、柔道の田村亮子と並び、一躍脚光を浴びたのが、グレコローマンのレスリング銀メダリスト・永田克彦だった――。
横森 綾 = 文/livedoorスポーツ = 写真

2004年8月のアテネ五輪。“長嶋ジャパン”には、五輪本戦を目前に大きな困難が立ちはだかる。脳梗塞を患った長嶋監督の戦線離脱だ。この窮地にチームの指揮権は、当時ヘッドコーチを務めていた中畑清に移ったが――。
瀬戸口 仁 = 文/livedoorスポーツ = 写真

岩崎恭子が金メダルを獲得。1992年、バルセロナ五輪の競泳女子200m平泳ぎに日本中が沸いた。しかし、その偉業は、当時14歳の少女にとって重圧にもなった。岩崎に聞く、バルセロナの真実とアトランタの転機とは?
高島 学 = 文/livedoorスポーツ = 写真

シドニー五輪・柔道81kg級で金メダルを獲得した瀧本誠は、野村忠宏、井上康生ら名の知れた選手に注目が集まったことで、リラックスしながらも、内に闘志を燃やしていたという。天才と言われた“柔道界の異端児”に聞く、金メダル獲得の本音とは?
中村拓己(GBR) = 文/livedoorスポーツ = 写真

1992年のバルセロナ五輪から正式種目となったバドミントン。陣内貴美子は、記念すべき年に最初の五輪出場選手となった。しかし、一度は引退を決意していた陣内にとって、その挑戦は想像を絶する過酷なものだったという。
川頭広卓 = 文/livedoorスポーツ = 写真