
「WWEから“5年契約”とかいわれても嬉しくなかった」
5月号「世界の頂」第2週/掲載日:2007年5月11日
――もともと、WWEに上がることになった直接的なきっかけというのは何だったのでしょうか?
「日本でデビューをして、みちのくプロレスに参加しながらも色んな団体に出ていたんですね。新日本プロレス、FMW、バトラーツとか。でも、ある時ふと“なんか足んねーな”って思い、丁度その時にECW遠征の話なんかもあって、海外(試合経験)も必要なのかなって思ったんですよね。レスラーってのは、海外遠征から帰ってきてはじめて一人前っていうのもあったので海外も見てみようと」
――海外遠征の先に選んだのは?
「メキシコですね。自分はそんなに大きくないし、話を聞くとメキシコは本当に酷いところで、食あたりは起きるし、物は盗まれるし、強盗にも襲われたり・・・」
――えっ、なぜ、そんな場所を選んだのですか?
「どうせ行くなら逆境の地がいいやって思ったんですよ。96年の春ですね。単独での海外遠征は初めてだったんですけど、まあ半年から1年くらい修行すればいいかなって。で、そのメキシコ遠征中に、みちのくのザ・グレート・サスケがWWEでデビューするという話が上がって、その対戦相手に自分を指名してきたんですよ」
――それは千載一遇のチャンスですね
「いや、最初は断わったんです。メキシコでの修行が充実していたんで、お腹こわしたりして(笑)けど、どうしてもっていわれて、無理矢理連れて行かれるような感じでWWE初登場。96年の7月くらいかな。で、サスケと試合したんですが、当初の予定ではサスケがWWE入りして軽量級を活性化させるっていう目論みがあったみたいなんですけど、まあ、ぶっちゃけビンス(マクマホンWWEオーナー)が選んだのは自分だった」
――チャンスを横取りしてしまったと?
「でも、自分はWWEに全然興味なかったですからね。あくまで、メキシコで半年、一年やればいいかなっていう感じで。でも、サスケが消えて、WWEの軽量化を活性化させるためにライトヘビー級のベルトを新設するから。その中心軸になってほしいといわれ“5年契約”の提示をされました」
――アメリカのメジャー団体から複数年契約ですか!
「うん、でも5年もいれねーなと思って、とりあえず“もう、ちょっと短く”っていったら、結局3年になったんですけど、嫌だったら辞めれるのかなくらいに考えてて。今でこそ皆が憧れるWWEなんですけど、自分にとっては全くそんな気持ちもなく(笑)」
――WWEのことはどのくらい知っていた?
「デカイとか、そんくらいですかね。一度二度は出てみたいなっていうのはありましたけど、それも、実際サスケと試合やることで上がれたんで。大きい会場やいい雰囲気の中で試合ができたことで、満足したところもあったし、何もそこにずっといる気はなかったので、“5年契約”とかいわれても嬉しくなかった」
――そんな気持ちを前向きにしたのは?
「ベルトの話諸々でちょっと興味が出ちゃって、当時は23歳で2〜3年いて25、26歳で帰国してもまだまだ第一線でやれるなっていうのがあったので、半分嫌々、渋々契約した訳です。最初はいわれた通りに軽量級の活性化を目指して、試合をしていて、PPV(ペイパービュー)の大きい大会に出場、トーナメントでも勝って本当にチャンピオンになったんですよ」
「日本でデビューをして、みちのくプロレスに参加しながらも色んな団体に出ていたんですね。新日本プロレス、FMW、バトラーツとか。でも、ある時ふと“なんか足んねーな”って思い、丁度その時にECW遠征の話なんかもあって、海外(試合経験)も必要なのかなって思ったんですよね。レスラーってのは、海外遠征から帰ってきてはじめて一人前っていうのもあったので海外も見てみようと」
――海外遠征の先に選んだのは?
「メキシコですね。自分はそんなに大きくないし、話を聞くとメキシコは本当に酷いところで、食あたりは起きるし、物は盗まれるし、強盗にも襲われたり・・・」
――えっ、なぜ、そんな場所を選んだのですか?
「どうせ行くなら逆境の地がいいやって思ったんですよ。96年の春ですね。単独での海外遠征は初めてだったんですけど、まあ半年から1年くらい修行すればいいかなって。で、そのメキシコ遠征中に、みちのくのザ・グレート・サスケがWWEでデビューするという話が上がって、その対戦相手に自分を指名してきたんですよ」
――それは千載一遇のチャンスですね
「いや、最初は断わったんです。メキシコでの修行が充実していたんで、お腹こわしたりして(笑)けど、どうしてもっていわれて、無理矢理連れて行かれるような感じでWWE初登場。96年の7月くらいかな。で、サスケと試合したんですが、当初の予定ではサスケがWWE入りして軽量級を活性化させるっていう目論みがあったみたいなんですけど、まあ、ぶっちゃけビンス(マクマホンWWEオーナー)が選んだのは自分だった」
――チャンスを横取りしてしまったと?
「でも、自分はWWEに全然興味なかったですからね。あくまで、メキシコで半年、一年やればいいかなっていう感じで。でも、サスケが消えて、WWEの軽量化を活性化させるためにライトヘビー級のベルトを新設するから。その中心軸になってほしいといわれ“5年契約”の提示をされました」
――アメリカのメジャー団体から複数年契約ですか!
「うん、でも5年もいれねーなと思って、とりあえず“もう、ちょっと短く”っていったら、結局3年になったんですけど、嫌だったら辞めれるのかなくらいに考えてて。今でこそ皆が憧れるWWEなんですけど、自分にとっては全くそんな気持ちもなく(笑)」
――WWEのことはどのくらい知っていた?
「デカイとか、そんくらいですかね。一度二度は出てみたいなっていうのはありましたけど、それも、実際サスケと試合やることで上がれたんで。大きい会場やいい雰囲気の中で試合ができたことで、満足したところもあったし、何もそこにずっといる気はなかったので、“5年契約”とかいわれても嬉しくなかった」
――そんな気持ちを前向きにしたのは?
「ベルトの話諸々でちょっと興味が出ちゃって、当時は23歳で2〜3年いて25、26歳で帰国してもまだまだ第一線でやれるなっていうのがあったので、半分嫌々、渋々契約した訳です。最初はいわれた通りに軽量級の活性化を目指して、試合をしていて、PPV(ペイパービュー)の大きい大会に出場、トーナメントでも勝って本当にチャンピオンになったんですよ」
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