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「"瞬間"を追いかけることが難しい時代になった」(清水)
■清水和良(しみず・かずよし)
過去8大会連続(1978〜2006年)でサッカー・ワールドカップを取材してきたほか、長年にわたり、サッカーをはじめとする世界中のスポーツシーンをフィルムに収めてきたスポーツ・フォトグラファーの第一人者。とりわけサッカーへの思い入れは強く、サッカーグッズ・コレクターとしても知られている。
――いきなりスポーツではなかった?

西山: そう。会社でブツ撮りとか、女の子の撮影とかしてたね。で、28歳でフリーになった。でも、たいした作品を撮ってきたわけじゃないから、それほど食い扶持もなく、知り合いに某スポーツ新聞社を紹介してもらった。で、そこでゴルフとプロレスばかり撮ってたね。ただ、社員になる試験があって、受けろといわれたけど、でも、社員になるのはちょっと嫌だなと。で、当時の上司が、文藝春秋の人に紹介状を書いてくれた。紹介状をもっていったらさ、「明日、女の子の撮影があるんだけど、撮れる?」って聞かれたから、やりますっていって、それが縁で、週刊文春、numberといった媒体で写真を撮るようになったんだよね。

――スポーツが専門になっていった理由は何ですか?

西山: いや、女の子の撮影だと1対1で会話してやらなきゃいけないでしょ。それが面倒だったんだよね。で、スポーツなら、話さなくていいなと。もちろん、スポーツそのものは好きだけど。女の子の撮影が面倒だったってのが、先だったね。この3人で一番まじめな動機でスタートしてるのは、高須くんでしょ。

――高須さんは20代ですから、お二人に比べるとデビューから日が浅いですよね。

高須:ですね。二人は雲の上の存在です。ま、僕は最初カメラマンをやるつもりはなかったんです。というか、スポーツのライターになりたかった。で、出版社に入って編集やライティングの仕事はやったんですけど、すぐに"自分には文才がないな"と、じゃあカメラマンかなと。飛び込んじゃいましたね。ですから、いまも勉強の日々です。

――清水さんがこの世界に飛び込んだ時代に比べると、スポーツカメラマンも市民権を得たのでは?

清水:いや、かえっていまのほうが大変かなーと思うこともあるよ。

――というと?

清水:たとえば、(サッカーの)欧州チャンピオンズ・リーグへ取材に行くと、いまは全部席が決まっていて、撮影する位置が決められてしまってる。そこから動けない。昔は自由に動けたんだけどね、それだけ取材するカメラマンが増えてるってこともあるだろうけど、撮影しづらくなったなと思う。スポーツグラフィックスというものより、いまは報道が優先されがちなんだと思う。

西山:たしかに、撮影の自由度でいうと、サッカーなどはとくに減ったね。

清水:撮影の位置まで決められてしまったら、誰が何を撮っても同じになってしまう。サッカーを撮っていると、どうしても"見せ場"ベースで試合を追いかけているでしょ。だから、"この選手がFKを蹴るなら、このアングルで撮りたい"ってセオリーがある程度ある。光の具合も含めてね。やむを得ない面はあると思うけど、"瞬間を追いかける"って意味でいうと、ずいぶん難しくなったと感じるね。

――これだけデジカメが普及して、機材のクオリティがあがれば、写真のテーマ、切り口こそプロの財産なんでしょうけどね。

清水: ま、そもそも、カメラマンに免許制度はないから、宣言したら誰でもカメラマンにはなれるんだけどね。
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