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「やっぱり“自分にはレースしかない”って気付いた」
――カーレースを始めたキッカケは?

「父親です。お父さんがレースをやっていて」

――それを見て憧れて?

「その当時は、何も思わなかったんですけど、お父さんが『乗れ』と。8歳のときに強制的に乗せられました。小さいときから、運動神経が良かったんです。4歳の誕生日にはバギーを買ってこられたりしました。私はテクマクマヤコンが欲しかったのに(笑)」

――厳しかったですか?

「子供の頃はすごい厳しかったです。レースが一番の生活でした。毎朝5キロマラソンで、寝坊したら、学校遅刻してでもトレーニングとか。レースをやってると、学校を休まなければならないことが多かったので、塾にも行って。朝はトレーニング。それから学校。足りない部分は塾っていう生活でした」

――周囲の反応はいかがでしたか?

「この年になってやっと、雑誌見たよとか言われるようになりました。小さい頃は、そんなに言われませんでした」

――失礼かもしれませんが、レーサーには見えませんね。

「昔はカートなんて油まみれになってやっていたので、夏場なんて、どっかからもらったTシャツに短パンとかでやっていたんですけど、いまフォーミュラは、そんなことになることはないんで。カートやってるときは、コギャルが流行りだした頃で、私はコギャルになりたかったんです。だけど、周りからは、『お前、髪染めたら何秒遅くなるぞ』とか言われたりして、いや関係ないだろうとか思ったけど。おしゃれをしたい自分を抑えて若い頃はやっていましたね。今は、もう好き勝手しています」

――いつ状況が変わったんですか?

「私、一度やめているんです。15歳でやめて、3年半は好き勝手やって。カートやっていたときも、普段はヤマンバメイクでした。サーキットに行くときはスッピンで。ほんと二重生活でした。しばらく、好き勝手やっていて。でも、やっぱり『自分にはレースしかない』って気付いて。父親の協力で戻ったときには、このままで(笑)。最初は受け入れてもらえないことも多かったですね。みんな『え?』って。『どっかの飲み屋の姉ちゃんが現れた』とか。父親と顔が似ていないので、『神子島さんの愛人かな?』みたいな、そんな感じから始まって。でも、自分がそこそこの結果を出したことで、周りの人も認めてくれるようになりました。今では『今日も化粧が濃いね〜』とか言われています」

――いま、女性アスリートが人気ですが、気になる人はいますか?

「フィギュアスケートの安藤美姫ちゃんです。ミスをするか成功するかっていうタイプじゃないですか。毎回、私、泣いて見てるんですよ。どっちかって言うと浅田真央ちゃんより、安藤美姫ちゃん派なんで」

――共感できる?

「私もどっちかって言うと良いか悪いかなので。今シーズンは少し大人になって間を取れるようになったんですけど。優勝かリタイアしかない状況でした。結果が出たことってよって、応援してくれる人も増えたんですけど、バッシングする人も出てきて。勝ったことが、次のリタイアによって『あれはまぐれだった』とか。あと、これは実際やられたんですけど、『あの子はエンジンをズルしている』って言われて、調べられたりとか。安藤美姫ちゃんがトリノ五輪でバッシングされてたのを見てて、『つらいよね。分かるよ。分かる』とか言っていました。そういう意味でも、安藤美姫ちゃんは応援しています」
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