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「障害の度合いによって、動き方も、プレースタイルも変わってくる」

――及川さんはアメリカに留学をし、NBAの傘下チームなどに所属していましたが、なぜ留学をしたのですか?

「アメリカはバスケットの国なので、上手くなりたいという部分が多かったのですが、自分の中で障害を持ったというコンプレックスが、実はぬぐいきれなかったんです。いかにも足が悪くないような“普通の”人間を装っていたり、世の中に迷惑をかけないように、という生き方が凄く苦痛でした。アメリカに行くことで、自分自身に踏ん切りを付けたかったんです。考え方によっては、この障害がポジティブに思えることが出来るんじゃないかなと考えて留学しました」

――アメリカで車椅子バスケをするにあたっての、日本との違いというのは?

「練習とか車椅子バスケ以前に生活しやすい環境がアメリカにはあります。いまは、日本もだいぶ変わってきている部分もありますが、アメリカの法律では、障害者が生活しやすい施設を作りなさいとなっているんですね。なので、色んな場所にアクセスしやすいんです。

あとは、バスケットの文化がちゃんとあることですね。四六時中、TVでバスケットが流れているし、公園に行けばバスケットコートがある。公園で1人でシュートを打っていると、人が集まって車椅子でもゲームが出来たり、健常者のおじさんが1対1を挑んできたこともありましたね(笑)」

――選手のレベルや技術的な面ではどうですか?

「ジョーダンのようなスーパースターがいるような国だから、車椅子バスケでも相当凄い選手が出てくるわけですよ。アメリカには、大学の部活にまで車椅子バスケがあるので、ノウハウがあるんです。技術的なことから、障害そのものについてまで、基本的なことを1つ1つ細かく明確的、かつ理論的に教えてくれる。日本はそのノウハウを自分で作り上げなければいけないので、そこに大きな差がありますよね」

――ノウハウというのは具体的にいうと?

「例えば、1点の選手は胸から下が動かせないので身体が横を向くことが出来ないんですね。パスにしても、その点数の選手にあったパスの出し方があるんです。でも、日本にいるとそれが正しいかどうかもわからない。障害の度合いによって、動き方も、プレースタイルも変わってくるんです」

――そのノウハウは、日本よりアメリカで学んだことの方が多いのですか?

「多かったですね。僕の恩師のマイク・フログリーから学びました。彼はカナダ代表の監督として、パラリンピックで金メダルを2回獲っていて、現在はイリノイ大学のコーチをしています。彼が指導者になる時に出会ってからずっと教えてもらっていました。大学で研究しながら常に新しいことを取り込んでいるので、全てが最先端の指導をしている世界一のコーチですね」

――日本にはイリノイ大学のような環境はないのですか?サポートする環境にしても追いついていない?

「でも、それに追いつけばいいかというとまた違いますよね。日本には日本の文化があって、その中で日本らしい車椅子バスケをやればいいと僕は思います。ただ、日本には純粋に“車椅子バスケ”そのものを見ている人が少ないですね。指導者にしても、一般のバスケット経験者だからといって、そのまま車椅子バスケを指導している人が多くて、障害を見ず、“車椅子バスケ”を見ようとしていないことが少なくなくて、混乱した時期はありました」

――車椅子バスケを理解していない指導者が教えていることもあるんですか?

「そうですね。車椅子バスケはTVでもやっていないし、入門書もないですからね。だから、車椅子バスケを始めたばかりの人は何が正しいのかわからないんです。指導者が車椅子バスケの基本を理解していないから、障害を抜いたバスケットを教えてしまう。なので、間違った方向へ進まないようにと、マイクをはじめとした講師をアメリカから呼んで“Jキャンプ”というのを毎年、僕達が主催しています」

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