
![[写真] 瀧本誠](/img/grazie/200807/photo_takimoto.jpg)
吉田道場に所属する瀧本誠は、総合格闘技イベント『戦極』のリングを主戦場に、日々戦いに明け暮れている (C)livedoorSPORTS
「何も考えてなかったからじゃないですか」。瀧本誠は、そう言って笑った。
シドニー五輪・柔道81kg級で日本代表となった瀧本は、名の知れた選手に注目が集まったことでリラックスをしながらも、内に闘志を燃やしていたという。
結果、天才と言われた“柔道界の異端児”は、得意の内股や袖釣り込み腰を武器に、あれよあれよと世界の頂を駆け上がり、堂々の金メダル獲得。野村忠宏、井上康生、田村亮子といったそうそうたるメンバーと肩を並べ、日本中にその名を轟かした。
2004年には、総合格闘家に転身。以後、“韓国柔道界無冠の帝王”ユン・ドンシクやムリーロ・ブスタマンチといった大物格闘家を次々と打ち破る大活躍をみせ、現在は、総合格闘技イベント『戦極』にその主戦場を移した。
次なる頂を目指し、日々戦いに明け暮れる瀧本に聞いた、シドニー五輪・金メダル獲得の真実とは――?
――現在は総合格闘技の世界で活躍されている瀧本選手ですが、柔道家として、シドニー・オリンピックで金メダリストになりました。オリンピックという舞台を振り返って、どんな大会だったと思いますか?
「個人的には、オリンピックも他の国際大会とあんまり変わらない感じでしたけど…テレビに出ているような他の競技の選手たちと同じ大会に出ることになって、すごいなあという思いはありましたね」
――大会自体というよりも大会を取り巻く環境の方が印象に残ったわけですね。
「はい。そこまでプレッシャーも感じていませんでしたし」
――しかし柔道という競技はマスコミ・国民も含めて「金メダルを獲って当たり前」という風潮があるじゃないですか。
「柔道は特にそうですよね。でも僕みたいな選手は、そこまで期待されていなかったんじゃないですかね。周りの日本人選手はみんな現役の世界チャンピオンだったり、元世界チャンピオンだったんですけど、僕は世界チャンピオンじゃなかったですから」
――そこで悔しさは感じませんでしたか?
「それはなかったですね。自分も金メダルを獲れるとは思ってなかったですし、気にはなりませんでした」
――瀧本選手にとってはチャレンジするという気持ちが強かったんでしょうか?
「最初はオリンピック自体に出られるとは思ってなかったですし、出られるだけ良かったなあと思っていました」
――では周りの選手が緊張している姿を見て、大変そうだなと思ったりもしました?
「はい、そんな感じでした」
――そうは言うものの、オリンピックは4年に1度しかチャンスがないわけじゃないですか。シドニーで金メダルを取れなかったら、次はもうないという気持ちはありました?
「それはありましたね。優勝できるとは思っていなかったですけど、自分に一番力があるのは今だろう、と」
――実際に試合をしていくうちに特別な気持ちは芽生えてきました?
「それもなかったですね。戦っている相手も今まで国際大会で戦ってきた相手とほとんど同じでしたし。試合自体もイメージ通り、ほぼ理想通りに勝つことが出来ました」











